反逆の Commoner

男前の思想家。

ストーカーは自覚は有るのか?

『芸能人が実態件を告白!最悪の一日』というテレビ朝日の番組を観て。

その中でアナウンサーさんやタレントさんがトーカー被害の経験を語った。


実は僕の地元にいる家族や知り合いの女性にも、そう言った被害を受けた経験のある人がいる。
後を付け回されたり、無言電話をされたり、不法侵入までされたそうだ。

警察に相談し、最後には引っ越しをして、幸いそれ以上の被害には合わなかったようだ。


トーカーって病気だろ?

私は以前からこの『ストーカー』というものについてわからないことがある。

それが「ストーカーには自分が世間で言われる所謂ストーカーであるという自覚が有るのか?」ということだ。

普通なら(私が自分を普通だと前提して)例えば相手に気があり、アプローチしたとして、素っ気ない態度だったり、返事か帰ってこなかったりしたらそこでアプローチをやめるだろう。

それは、人によっては自分のプライドであったり、「相手が迷惑するだろう。」と考えたりするからである。


と言うことは詰まるところ、『ストーカー』とは

『プライドもなければ、人の迷惑も考えられない脳みそ出来損ないのサイコパスということだ。


トーカーは檻にブチ込まれるか〇ぬ覚悟をしておけ

過去には悲しい事件も少なくないし、もしもそういった被害に悩まされている女性は(男性が被害に遭うケースも有るかもしれない)躊躇わずに、まずは警察に相談してほしい。
警察も「実害がなければ動けない。」などとあしらわずに、親身に話を聞いてあげてほしい。


また、他にも身内や友人の頼れる男性などに相談をしてほしい。

私の父は家族が狙われた時、私に「そいつを捕まえて◯してこい。」とまで言ったものだ。

このように危険な男性が防衛を務める場合もあるので、ストーカーは自分が返り討ちで酷い目に遭うかも知れないということは覚悟しておけ。他人に危害を加えようというのであれば。


9月5日『好きか嫌いか言う時間』というTV番組

ツッコミ所満載で、今風に言うとホント好き。今までの放送も結構見てる。


これは去年の放送の話だが、その日もフリーターやニートなどが出て「働かなくても生きていける。」「仕事が合わなかったら辞めて何が悪い。」と語る。

それに対して坂上忍さんが「それはいかがなものか。」と諭していた。詳しくは覚えておらず動画も消されていたのでわからないが。

同じ物差しで計るのがおかしい

しかし、私もそのフリーターやニートと同じ立場として言わせてもらいたい。

坂上さんは今タレントと言う仕事をして売れているが、その仕事は坂上さんにとって『どうしても合わなくて辞めたいけど仕方なく続けた仕事』ではないはずだ。
その仕事が自分に合っていて続けたいと思ったから続けたのだと思う。誰に強制されてやっていた訳でもないはずだ。
嫌だったら辞めて就職するなど他の道を選べたはずだ。

僕の考えで一貫しているのは、人を諭したり、また批判したりする資格があるのは『同じ境遇を持った人』だけだ。サッカーできない人間がテレビのサッカー選手のプレーを見てあーだこーだ言うのはダサい。

それからメイクアップアーティストのIKKOさん。今日は若者に対して震えるほどマジギレするシーンがあり、あんなIKKOさんは初めて見たのでどうなるんだろうと胸が踊ってしまった。あのホームレス地下アイドルは、恐らく100人が接したら98人に嫌われるだろう素質があるので無理もない。

しかしその後IKKOさんも、その後出てくる『社会に適合できないけど、様々な生き方を模索する人間』に対してことごとく『嫌い』としていたのが残念だった。
IKKOさんだってもしもメイクアップアーティストで成功していなければ他の世界でどう生きていたかと考えると、それはやっぱり大変だったのではないか?
あの常に見下す感じでコメントしていた黒いハットを被っていた族上がりの建設会社社長もだが、自分が成功しているからと他人を見下すことは許されることなのだろうか?
TVを見ていると何人かそういう人がいると感じる。
少なくとも私が好きなタレントにはそういう人はいない。私が考える『本物の大物』はそういうものではない。


しかし何をおいても、今日の放送を見てて私が一番憤りを感じたのは、大声でギャーギャーと若者を批判していた緑色とピンクの70代主婦の2名だ。名札に実名があったので書きたいくらいだが、もう忘れてしまったし辞めておく。

言っておこう。主婦が説教していいのは主婦と身内だけだ。



と、このように時に神経を逆撫でされることもある番組だが、基本的には楽しめる番組なのでこれからもやっていれば見ようと思う。


「好きなことを仕事にするなんて人生そんなに甘いもんじゃない。生きていくためなのだから仕事を選ぶな」??

 

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求人情報誌をめくっている。毎週月曜日に無料で駅やコンビニで無料配布されているものだ。

 世の中に読み物は無数にあるが、これほどくだらない読み物はないのではないかと思えてくる。

 

好きな仕事がのっていない

使い捨ての歯車のストックをなるべくたくさん確保したいだけの派遣会社の釣り求人。

『20代女性活躍中!!』求人情報誌など開いたこともないような偉い人たちが作った【男女雇用機会均等法】とかいう意味のない法律の網目を苦も無く抜ける文言。・・・いや・・・?そもそもこれは女性だけを庇護するための法律であったか。

 

書いてあることを理解するために読んでいるというより、文字や写真という形を目で追っているだけで脳にまで辿り着かない。開いて2~3分で眠くなってくる。

雑誌に限らず、インターネットの求人サイトも含めてだが。

 

なぜならその中に人生において時間をかけるべきものが一つも見当たらないからだ。

 まさに『罰ゲーム』だ。

 

このブログの最初の方でも触れたことがあるが、

私にもやりたいこと・仕事にしたいことがあるのだが、

どうしても軌道に乗るまでに掛かるコスト・生活費が足りない。

 

「好きなことをできる環境にない」私は、それでもそんなものを読まなければならない。 

 

仕事をするために生きる人

「好きなことを仕事にするなんて人生そんなに甘いもんじゃない。生きていくためなのだから仕事を選ぶな。」

 

誰でも一度くらいこんな言葉を耳にしたことがあるのではないだろうか?

日本の高度成長期を駆け抜けた世代~その子供世代までが口にしそうな言葉だ。

 

『仕事をするために生きている』のか

『生きるために仕事をしている』のか

 

恐らく社会の中で、「自分は前者だ。」と、自虐的に答える人はいるかもしれないが、胸を張って答える人はいないだろう。

 

一般的な人生を送っている人。

大学を出て、安定した会社に勤め、家庭を持ち、子供を社会に出るまで立派に育て上げ、その間に貯めた老後の資金・年金で余生を過ごす。

なるほど。こう客観的に見れば悪くはないかもしれない。

しかし実情はどうなのだろうか?

 

そんな私から見て遥かに安定した人生を送っているであろう中年男性の約7割が

         「人生つまらない」

と感じているそうだ。

 

なんのために生きてるのか? 

では『生きる』とはなんなのか?

恐らくそこには個人の価値観によって多様性・複雑さがある。

 

思うに彼らが「人生つまらない」と思うのは、『家族のため』引いては『社会のため』だけに生きているからなのではないか。

 

もちろんそれは決して悪いことではなく、素晴らしいことなのだが、

その為に自分を犠牲にしていると心のどこかで感じているとしたら、それが「人生つまらない」と思う所以ではないだろうか。

 

A「家族のために、会社のために、社会的な地位、世間体のために仕事は辛いが働かなければ。」

B「自分はこの仕事が好きだから、家族のため、社会のために、この仕事で貢献していきたい。」

この二つには決定的な差がある。

 

『なんのために生きる』かが重要なのだと思う。

 

 

生まれたら罰ゲームか? 

「好きなことを仕事にするなんて人生そんなに甘いものじゃない。生きていくためなのだから仕事を選ぶな。」??

 

それならば、生まれてこなければ『0』だったものを、わざわざ楽しくもなく辛いことを長々と続けるため。言わば『-(マイナス)』をするためにわざわざ生まれたのか?

 

          「冗談じゃない。」

 

そんな『人生罰ゲーム的価値観』を押し付けないでもらいたいものだ。

 

 

そうは言っても現時点で私もこの社会の波に逆らえず飲み込まれた状態でいる。

このまま溺れずにいつか呼吸ができるところまで這い上がることを諦めずにいたい。